2025年5月14日、ロサンゼルス・ドジャースの佐々木朗希投手(23歳)が
「右肩インピンジメント症候群」により負傷者リスト入りしたニュースは、多くの野球ファンに衝撃を与えました。
メジャーリーグ移籍1年目、わずか8試合の登板で1勝1敗、防御率4.72という成績での離脱は
160キロ超の豪速球で期待されていた若き右腕にとって大きな試練となっています。
「いつ復帰するのか?」「怪我の程度はどの程度深刻なのか?」「今後のキャリアに影響はないのか?」
こうした疑問を抱くファンの方々は少なくないでしょう。
私は日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナーとして8年間、整形外科クリニック、大学トレーニング施設、スポーツチームで選手のコンディショニングに携わってきました。特に野球選手のインピンジメント症候群は、私が現場で最も多く遭遇する肩関節障害の一つです。その経験から、佐々木選手の現在の状況と復帰への道のりについて、医学的根拠と実践的なリハビリテーション知識に基づいた分析をお伝えします。
右肩インピンジメント症候群の全貌—投手の宿命的な職業病
医学的メカニズムと野球特有の病態
右肩インピンジメント症候群は、肩関節を動かす際に軟部組織が骨と骨の間で挟まれ衝突し、炎症や損傷を起こす状態を指します。この「インピンジメント(衝突)」という英単語が示すように、まさに肩関節内で組織同士がぶつかり合うことで痛みが生じる疾患です。
野球の投手では、特に「肩峰下インピンジメント」と「関節内インピンジメント(インターナルインピンジメント)」の2つのタイプが頻発します。前者は肩峰と上腕骨頭の間で腱板や滑液包が挟まれる状態、後者は投球動作の後期(コッキング期)において、棘上筋・棘下筋の腱板が上腕骨頭と関節窩の後上方部分に衝突する状態です。
私がこれまで現場で診てきた投手の中でも、佐々木選手のような高球速投手ほど、この関節内インピンジメントを発症しやすい傾向があります。160キロ超の速球を投げるためには、投球動作のコッキング期で肩関節を極限まで外旋させる必要があり、この時に腱板と骨の衝突が最も激しくなるのです。


佐々木選手特有のリスク要因
佐々木選手の場合、複数の要因が重なってインピンジメント症候群の発症リスクを高めていたと考えられます。
慢性的な肩関節の不安定性
2024年のロッテ時代にも類似の症状で約2ヶ月離脱した経緯があり、これは慢性的な肩関節の不安定性を示唆しています。私の経験では、一度インピンジメント症候群を発症した投手は、根本的な問題が解決されない限り再発リスクが高くなります。
メジャーリーグ特有の環境要因
元メジャーリーガーの五十嵐亮太氏が指摘するように、MLBのボールは日本のものより「しっかり持たなければいけないため、肩・肘への負担が大きくなる」という適応過程での負荷増加も影響した可能性があります。
海外挑戦選手からも、ボールの違いによる肩への負担増加を訴える声をよく聞きます。
登板間隔の変化
佐々木選手は5月9日の登板がNPB時代も含めて初の中5日での先発でした。日本の中6日ローテーションと比較して、回復時間が短縮されることで蓄積疲労が生じやすくなります。この登板で5失点と苦戦し、試合後に右腕の痛みを訴えているのは偶然ではないでしょう。
復帰時期の科学的予測—段階的リハビリテーションの重要性
症状の程度による回復期間の分類
私がこれまで関わってきた野球選手のインピンジメント症候群例から
回復期間は損傷の程度によって以下のように分類できます:
軽症例(炎症が中心):2~4週間程度 腱板損傷がない場合で、安静とアイシング、適切なストレッチで炎症が収まるケース。日常生活に支障はなく、基本的な肩関節運動から段階的に投球動作を再開できます。
中等度(腱板や滑液包の肥厚・変性):1~3ヶ月 夜間痛や挙上時痛が持続し、継続的な理学療法が必要なケース。肩甲骨周囲筋の筋力強化や姿勢矯正に時間を要し、投球フォームの見直しも必要になることが多いです。
重症例(部分断裂を含む腱板損傷):3~6ヶ月以上 保存療法で改善が不十分な場合は手術適応となり、術後も段階的なリハビリが必要。競技復帰まで6ヶ月~1年程度を要します。
佐々木選手の現在の状況分析
球団発表によると、佐々木選手の精密検査では「深刻な損傷はなく、手術の必要はない」とされています。また、5月下旬の時点でロバーツ監督は「痛みは和らぎ、違和感も引いてきている」と述べており、軽症から中等度の範囲内と推測されます。
私の現場経験では、このような症例の場合、完全休養期間を経て段階的にスローイングを再開し、約6~8週間程度で実戦復帰が可能なケースが多いです。ロバーツ監督が「復帰は6月末頃になると思う」と発言していることも、この推測と合致します。
アスレティックリハビリテーションの実践的プロセス
私が実際に現場で実施している野球肩リハビリテーションのプロセスを
佐々木選手のケースに当てはめて解説します:
第1段階(1~2週間):完全休養期
- 投球動作の完全中止
- 炎症鎮静のための安静確保
- 痛みに対する物理療法(アイシング、電気治療など)
第2段階(2~3週間):基礎的運動療法開始
- 肩関節の基本運動(内旋・外旋運動)から段階的負荷
- 肩甲帯周囲筋の筋力強化
- 姿勢や肩甲帯の安定性改善
- PNF(固有受容性神経筋促通法)を活用した協調性向上
第3段階(3~4週間):段階的投球動作再開
- タオルスローやクロスステップによる投球に近い動作の再現
- 軽いキャッチボールから開始
- 距離と球数の段階的増加
- 投球フォームの確認と修正
第4段階(5~6週間):実戦復帰準備
- ブルペン投球での調整
- 初動負荷トレーニング(BMLT)による筋の柔軟性と反応速度向上
- シミュレーションゲーム
- マイナーでの調整登板
復帰後に乗り越えるべき3つの課題と長期的成功への道
根本的な問題解決の必要性
佐々木選手の今回の離脱は、単なる一時的な故障ではなく、根本的な問題への対処が必要なケースと考えられます。私がこれまで指導してきたインピンジメント症候群の再発例を分析すると、以下の共通した問題点が見られます。
肩甲骨の動的安定性不足
投球時の上腕骨と肩甲骨の適切な動き(肩甲上腕リズム)ができていない選手は
上腕骨頭の上方偏位を起こしやすく、インピンジメントのリスクが高まります。
佐々木選手の場合、球速を追求するあまり肩甲骨周囲筋群のバランスが崩れている可能性があります。
後方関節包のタイトネス(GIRD:Glenohumeral Internal Rotation Deficit)
投球を繰り返すことで後方関節包が硬くなり、肩関節の内旋可動域が制限される状態です。中高生野球選手を対象とした研究では、肩の状態と練習量が肩関節インピンジメント症候群の判別に最も影響することが報告されており、過度な練習による後方関節包の拘縮は重要な問題です。
下半身機能の不足
下半身のパワーを上肢に効率的に伝達できていない場合、肩関節への負担が過度になります。
私の指導経験では、下半身機能が向上した投手ほど、肩への負担を軽減しながら球速を維持できる傾向があります。
投球スタイルの進化への期待
佐々木選手の武器である160キロ超の速球は確かに魅力的ですが
メジャーリーグで長期間活躍するためには、球速に依存しすぎない投球スタイルの確立が重要です。
現在の防御率4.72という数字は、単純に球速だけでは通用しないメジャーリーグの現実を物語っています。私が指導してきた投手の中で、故障を機に投球フォームを見直し、結果的に以前より安定したパフォーマンスを発揮できるようになった例を数多く見てきました。
制球力重視への転換
ダルビッシュ有投手や前田健太投手のように、制球力と変化球の精度を武器に長期間活躍している日本人投手を参考に、技術的な成熟を図る必要があります。球速を160キロから150キロ台後半に抑えることで、肩への負担を軽減しながら制球力向上を目指すアプローチが現実的でしょう。
投球フォームの効率化
肩峰下インピンジメント症候群の予防には、投球時の上腕骨と肩甲骨の適切な動きが不可欠です。
肩甲骨の上方回旋と後傾を適切に行うことで、肩峰下スペースを保ちながらスムーズな投球動作を実現できます。
メンタル面でのサポートと成長
23歳という若さでの海外挑戦、そして早期の故障離脱は、選手にとって大きなプレッシャーとなります。私がスポーツチームで関わった選手の中にも、故障後のメンタル面での不安から本来のパフォーマンスを発揮できなくなるケースがありました。
佐々木選手が「数週間前から違和感があったが報告しなかった」という点は、チームへの迷惑を懸念した結果と思われますが、今後はより率直なコミュニケーションが重要になります。ロバーツ監督も「正直に状態を伝える大切さを学んでほしい」と述べており、日米の文化差を踏まえた適応が求められます。
私の経験では、故障を経験した若い投手が、その後自分の身体と向き合い、より科学的なアプローチを身につけることで、長期的には大きな成長を遂げることが可能です。佐々木選手にとって、この離脱期間は「災い転じて福となす」機会になる可能性が十分にあります。
まとめ—長期的視点での真のエース育成への期待
佐々木朗希選手の復帰時期は、現在の回復状況と医学的な回復期間を総合すると、7月上旬から中旬頃が現実的と考えられます。インピンジメント症候群は適切な治療とリハビリテーションにより完治可能な疾患であり、過度な心配は不要です。
むしろ重要なのは、この離脱期間を単なる休養期間とせず、根本的な問題解決と技術的成熟の機会として活用することです。私のトレーナー経験から言えば、若い選手が故障を通じて自身の身体と向き合い、より科学的なアプローチを身につけることで、長期的には大きな成長を遂げることが可能です。
球速から総合力へのシフト
160キロの速球は確かに魅力的ですが、10年、15年と活躍し続けるためには、制球力、変化球の精度、そして故障しにくい身体の使い方を身につけることが不可欠です。現在のメジャーリーグでは、球速よりも「投球の質」が重視される傾向が強まっています。
科学的なコンディショニングの重要性
私が現場で指導してきた経験では、PNF(固有受容性神経筋促通法)や初動負荷トレーニング(BMLT)などのリハビリテーション手法を取り入れた選手ほど、復帰後のパフォーマンスが向上し、再発リスクも低くなる傾向があります。
長期的なキャリア設計
23歳という年齢は、プロ野球選手としてはまだまだこれからです。この困難を乗り越えた先に、真のエースとしての佐々木朗希の姿を見ることができるはずです。球速という天賦の才能に加えて、故障を予防する身体の使い方と高い技術力を身につけることで、メジャーリーグで長期間活躍できる投手へと成長することを期待しています。
ファンの皆さんには、短期的な結果に一喜一憂するのではなく、長期的な視点で佐々木選手の成長を見守っていただければと思います。この困難な時期を乗り越えることで、より強く、より賢い投手として戻ってくる佐々木朗希選手の姿を、私は確信しています。
執筆者情報

エビ(Ebi LIFE | えびちゃんの気ままライフ 運営)
- 日本スポーツ協会アスレティックトレーナー
- 健康運動指導士
- トレーナー歴8年(整形外科5年、大学トレーニングジム5年、チームトレーナー4年)
- ウイスキー・ゲーム・スポーツ観戦愛好家
コメント