103日間の離脱を乗り越えた村上宗隆の完全復帰劇
2025年7月29日、横浜スタジアムで起きた劇的な瞬間を、多くの野球ファンが鮮明に覚えているでしょう。
103日ぶりに一軍復帰を果たした村上宗隆選手が、復帰戦の初回第1打席でバックスクリーンへ豪快な本塁打を放った場面です。
長期離脱から短期間で主砲として完全復活を遂げた村上選手の回復力は、現代野球界においても稀有な事例といえます。しかし、この復活劇の裏には、適切な医学的管理と段階的復帰プロセスがあったのです。
私は日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナーとして、過去8年間で整形外科、大学トレーニングジム、少年サッカーチーム、社会人ラグビーチームで様々なアスリートの怪我予防と復帰支援に携わってきました。その経験から、村上選手の事例は現代アスリートが直面する身体管理の重要性を示す貴重なケーススタディだと考えています。
本記事では、村上選手の怪我から復帰までの過程を専門的視点で分析し
同様の問題に直面するアスリートや指導者の皆様に実践的な知見をお伝えします。
日本球界を代表する強打者・村上宗隆の軌跡
基本プロフィール
- 名前:村上宗隆(むらかみ むねたか)
- 年齢:25歳(2025年時点)
- 所属:東京ヤクルトスワローズ
- ポジション:内野手(主に三塁手)
- 出身:熊本県
- 入団年:2017年ドラフト1位
主要成績・記録一覧
年度別主要成績
- 2018年:プロデビュー(初打席本塁打の鮮烈デビュー)
- 2019年:新人王受賞(36本塁打、96打点)
- 2021年:史上最年少MVP(21歳、39本塁打でチーム日本一に貢献)
- 2022年:三冠王達成(打率**.318**、56本塁打、134打点)
- 2024年:本塁打王・打点王(33本塁打、86打点)
NPB記録・タイトル
- 本塁打王:3回(2021年、2022年、2024年)
- 打点王:2回(2022年、2024年)
- 首位打者:1回(2022年)
- MVP:2回(2021年、2022年)
- 三冠王:2022年(NPB史上最年少22歳での達成)
- 日本人最多本塁打記録:56本(2022年、王貞治氏の55本を更新)
通算成績(2025年終了時点)
- 出場試合:867試合
- 安打数:826安打
- 本塁打:238本
- 打点:624打点
- 打率:.271
- 出塁率:.394
2025年シーズン成績(復帰後34試合)
- 打率:.307
- 本塁打:17本
- 打点:32
- 出塁率:.371
- 長打率:.756
- OPS:1.127
- 安打:39(127打数)
- 四球:14
- 三振:44
- 二塁打:6本
- 得点:23
これらの圧倒的な実績を誇る村上選手でも、2025年シーズンは長期離脱という大きな試練に直面することとなりました。
腹斜筋損傷の発生メカニズムと再発要因をアスレティックトレーナーが解説
怪我の発生と初期対応
2025年3月14日、春季キャンプ中のオープン戦で村上選手は左脇腹に違和感を訴えました。
チームは「上半身のコンディション不良」と発表しましたが、この表現は医学的には斜筋損傷を示唆するものです。
腹斜筋は体幹の側面に位置する筋肉群で、野球のバッティング動作において極めて重要な役割を担っています。
私がこれまで担当した選手の中でも、回転系スポーツで斜筋損傷を経験した選手は少なくありません。
特に野球選手の場合、スイング時の体幹回転で斜筋に大きな負荷がかかるため、損傷リスクが高い部位なのです。
専門的視点から見た発生原因
アスレティックトレーナーとして多くの症例を見てきた経験から、村上選手の腹斜筋損傷には以下の要因が関与していたと推測されます。
冬季トレーニングでの負荷増加
オフシーズンの筋力強化において、体幹周囲の筋力バランスが変化した可能性があります。
特に、パワー向上を目指した高強度トレーニングが腹斜筋への過度なストレスを生じさせた可能性が考えられます。
前年からの疲労蓄積
2024年シーズンの33本塁打という成績は素晴らしいものでしたが、年間を通じて主砲として期待される中での心身の負担は相当なものだったでしょう。微細な筋損傷の蓄積が、春季キャンプでの急性損傷につながった可能性があります。
動作パターンの変化
技術向上を目指したスイング修正の過程で、体幹の使い方に変化が生じ斜筋への負荷分散が不適切になった可能性も考えられます。
4月17日の再発要因分析
最も注目すべきは、一度復帰した4月17日の阪神戦で、9回の打席で再び同じ箇所を負傷したことです。
これは私の経験上、典型的な「早期復帰による再発パターン」といえます。
再発の要因として以下が考えられます。
- 組織修復の不完全性:筋繊維レベルでの完全な修復が不十分だった
- 段階的負荷の不備:実戦復帰前の段階的負荷増加プロセスが十分でなかった
- 疲労との相乗効果:9回という試合終盤での疲労状態での高強度動作
- 心理的要因:復帰への焦りから、無意識に力みが生じていた可能性
私が大学トレーニングジムで担当した選手の中にも、同様のパターンで再発を経験した例があります。
その際の教訓は、「主観的な症状改善と客観的な組織修復は必ずしも一致しない」ということでした。
7月29日復帰後の驚異的パフォーマンス – 成功要因を分析
復帰後の具体的成績
7月29日の本格復帰以降、村上選手は約34試合で打率.307、17本塁打、32打点、出塁率.371という驚異的な成績を残しました。特に注目すべきは、復帰戦でのバックスクリーン弾から始まり、短期間で17本もの本塁打を量産したことです。
成功要因の専門的分析
1. 十分な回復期間の確保
4月18日から7月29日まで約3ヶ月という期間は、腹斜筋損傷からの完全回復には適切な長さでした。
私の臨床経験では、回転系スポーツ選手の斜筋損傷は、軽度でも6-8週間、中等度以上では10-12週間の回復期間が必要です。村上選手の場合、再発を経験していることを考慮すると、この期間設定は医学的に妥当でした。
2. 段階的復帰プロトコルの成功
7月8日にイースタン・リーグ(二軍戦)で実戦復帰を果たし、約3週間の調整期間を経て一軍復帰を果たしています。この段階的アプローチは、私がアスレティックトレーナーとして推奨する理想的なプロセスです。
私が社会人ラグビーチームで担当した選手の復帰プログラムでも、同様の段階的負荷増加を実施しました。
その結果、再発率を大幅に減少させることができました。
3. 体幹安定性の向上
復帰後のパフォーマンスの安定性から推測すると、リハビリ期間中に体幹周囲筋の機能改善が図られたと考えられます。特に腹斜筋だけでなく深層筋群(多裂筋、腹横筋)の強化により、より効率的な力伝達が可能になったと推測されます。
4. 動作効率の最適化
長期間の調整により、バッティング動作における無駄な力みが除去され、より効率的なスイングが獲得された可能性があります。復帰後の安定した成績は、技術面での向上も示唆しています。
私の指導経験からの考察
私が少年サッカーチームで指導した際、同様の体幹損傷を経験した選手がいました。
その選手も復帰を急いで再発を経験しましたが、十分な期間をかけて段階的に復帰させた結果、以前よりも安定したパフォーマンスを発揮するようになりました。
村上選手の事例は、「適切な医学的管理により、怪我前よりも高いレベルでの復帰が可能」という、私たち医療従事者にとって重要な示唆を与えてくれます。
完全復活した村上宗隆のMLB挑戦と将来展望
MLBでの成功に向けた身体的アドバンテージ
現在25歳という年齢は、MLB挑戦において大きなアドバンテージです。
今回の怪我と復帰の経験により、村上選手は自身の身体を深く理解し、適切な管理方法を習得したと考えられます。
必要な継続的準備
体幹強化の継続
腹斜筋損傷を経験した選手にとって、継続的な体幹強化は必須です。
アスレティックトレーナーとして推奨するのは、以下のような包括的なアプローチです。
- 深層筋群の安定性訓練
- 回転動作特異的なトレーニング
- 非対称性負荷への適応訓練
ワークロード管理
MLBの162試合という長いシーズンを戦い抜くには、科学的なワークロード管理が不可欠です。
私の指導経験では、急性負荷と慢性負荷の比率管理が特に重要であることが分かっています。
長期的キャリア設計の視点
私がこれまで8年間のトレーナー経験で学んだ最も重要なことは、「怪我は選手にとって成長の機会でもある」ということです。村上選手の場合、今回の経験により以下の能力が向上したと考えられます。
- 身体感覚の向上:微細な変化への感度が高まった
- セルフマネジメント能力:自身での体調管理技術が向上した
- メンタル面の強化:困難を乗り越えた自信が獲得された
これらの能力は、MLBという厳しい環境でも大きなアドバンテージとなるでしょう。
アスレティックトレーナーからの期待
村上選手の復帰成功は、適切な医学的管理と段階的復帰プロセスの重要性を改めて示してくれました。
私たち医療従事者にとって、この事例は貴重な成功例として今後の指導に活かすことができます。
また、この経験により村上選手は「予防の重要性」も深く理解したはずです。
MLBでの長期的な成功には、パフォーマンス向上だけでなく、怪我予防への継続的な取り組みが不可欠だからです。
まとめ:現代アスリートの身体管理における重要な教訓
村上宗隆選手の斜筋損傷から完全復帰までの過程は、現代スポーツ医学における身体管理の重要性を如実に示した事例でした。
アスレティックトレーナーとしての分析から、この事例の最も重要な教訓は「適切な治癒期間の確保と段階的復帰プロトコルの重要性」です。一度の失敗(4月の再発)を教訓とし、より科学的で慎重なアプローチによって完全復帰を果たしたことは、エビデンスに基づく医学的管理の有効性を証明するものです。
現代野球では、パフォーマンス向上の追求により選手の身体への負荷が年々増加している傾向があります。
村上選手の事例は、このような環境下でも適切な医学的管理により怪我前を上回るパフォーマンス獲得が可能であることを示しています。
特に注目すべきは、長期リハビリ期間が単なる「休養」ではなく、身体機能の根本的改善につながったことです。
復帰後のOPS 1.127、年間70本塁打ペースという数値は、2022年の最高成績をも上回る可能性を示しており、これは現代スポーツ医学における「機能改善型リハビリテーション」の成功例として、今後の選手管理に重要な示唆を与えるものです。
アマチュアアスリートや指導者にとって、この事例から学ぶべき最も重要な点は「復帰を急がないことの価値」です。短期的な復帰よりも、長期的な選手生命とパフォーマンス向上を重視した判断の重要性が明確に示されています。
村上選手のMLB挑戦に向けて、今回獲得した身体管理スキルと復帰成功による自信は、確実に大きな武器となるでしょう。日本人選手として、そして現代アスリートの身体管理モデルケースとして、さらなる高みでの活躍が期待されます。
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執筆者情報

エビ(Ebi LIFE | えびちゃんの気ままライフ 運営)
- ウイスキー・ゲーム・スポーツ観戦愛好家
- 日本スポーツ協会アスレティックトレーナー
- 健康運動指導士
- トレーナー歴8年(整形外科5年、大学トレーニングジム5年、チームトレーナー4年)
現在は「Ebi LIFE | えびちゃんの気ままライフ」ブログを運営。
ウイスキー、ゲーム、スポーツ観戦を愛するアラサーパパとして、スポーツ科学の知見を一般の方にもわかりやすく発信している。
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